憲法を生かす―――1
憲法改正の手続きを定めた国民投票法の施行が来年五月に迫っている。一年たてば、国会は憲法の見直し案を国民に示すことができるようになる。
この法律が決まったのは安倍晋三政権のときだった。安倍氏は「美しい国」路線を掲げて改憲路線を突き進んだ。体調を崩して退陣していなければ、改憲に本気で挑戦したかもしれない。
福田康夫政権への移行で政界の改憲熱は急速にさめた。福田氏の場合、支持率低迷でそれどころでなかったのが正直なところだろう。今のところ麻生太郎首相にも熱意は感じ取れない。投票法に基づいて国会に設けられた憲法審査会はまったく動いていない。
改憲へ水位は高い
とはいえ、投票法が一年後に施行される意味は重い。
自民党は結党以来「自主憲法制定」を掲げ続けている政党である。民主党の中にも改正に前向きの政治家は多い。
今年は総選挙の年だ。政界再編などをきっかけに、憲法の見直し問題が動き出す可能性がある。
「水面は穏やかでも(改憲)水位はかなり上がっている」
私たちは一年前、憲法記念日に合わせた社説でこう書いた。見方は今も変わらない。
この一年の間にも、憲法にかかわる問題が噴出し続けた。「ワーキングプア」と呼ばれる低所得者層が、憲法に保障する生存権の実質を問い掛けている。
政府はソマリア沖の海賊への対処を掲げて、自衛隊の海外での活動領域をもう一歩広げた。知る権利、表現の自由を脅かす出来事も後を絶たない。
政治が心もとない
憲法論議を間違いのない方向へ導く第一の責任は政治にある。改正を発議する権限は国会に与えられているからだ。
困ったことに今の政治は、憲法問題を国民に問い掛けるには、いかにも心もとない。
とりわけ麻生首相である。「政局より景気対策」。こう言って衆院解散を先送りしてきた。言い換えれば、国民が主権者として意思表示をする機会を奪ってきた。
一方で、定額給付金、新テロ対策特別措置法などで、「三分の二再可決」を連発した。
衆院の議決が違ったときは、衆院は三分の二以上の賛成で再可決できる―。憲法五九条にはそんな意味のことが書いてある。
しかし再可決が国民に受け入れられるには、満たすべき条件があるはずだ。衆院が国民の意思を反映していることである。今はそこに疑問が生じている。
前回の総選挙は二〇〇五年秋に行われた。四年近くも前の選挙結果を頼みに三分の二再可決を繰り返す麻生首相の姿勢は、国民主権の原則に照らし問題を残す。
加えて「解散権」発言である。「解散の時期は首相、麻生太郎が判断する」。首相はことあるごとに力説する。
憲法のどこを開いてもそんな規定はない。天皇の国事行為としての衆院解散と、内閣による天皇への助言規定があるだけだ。
首相が衆院を自分の都合に合わせて解散することに異議を唱える声は、憲法学会や政治家の間にも少なくない。解散発言は本来、慎むべきなのだ。
そもそも憲法についての政治家の基本認識に問題がある。例えば自民党の新憲法草案には「国や社会を・・・自ら支える責務」が盛り込まれている。
憲法は政治権力が暴走しないよう縛りをかけるものである。統治権限を振るう国家権力に対し、国民が生まれながらにして持っている権利を侵害しないよう命令する。それが憲法だ。
選択のときが迫る
自民党の草案を読むと、憲法の基本的な在り方への理解不足が覆えない。
民主党だってほめられない。党内の摩擦を避けるために、これまで憲法についての論議を避けてきた。民主党が仮に政権を握ったときは、憲法解釈で迷走するのは目に見えている。
次の総選挙は政治の風景を一変させる可能性が高い。憲法論議も新しいステージに入るだろう。大事な場面が迫っている。
今の政治は国民主権の原則に照らして問題が多すぎる。選挙へ向け、各党の政策、主張にじっくり目を通そう。憲法が掲げる理想に真剣に向き合っている政党はどこか、見極めよう。それは同時に政治を変えることにつながる。
憲法が保障する国民の権利は黙っていては守れない。選挙を通じて、意思を表示し、主権者の地位を回復するこを考えよう。
◇ ◇
六十二回目の憲法記念日がめぐってくる。憲法についての今日的テーマをとり上げつつ、その精神を生かす道を五回続きで考える。
誤解五回も続けるそうである。
忌野清志郎さん